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代表取締役社長・安本 賢によるメッセージ
岩国・下松・周南で“建築家と建てる理想の注文住宅”をご提案する工務店「アールプラスハウス岩国・下松」の代表取締役社長である安本 賢のメッセージをご紹介します。高品質な家づくりへのこだわりや、自信のプロフィール、幼少期から社長就任までの経緯などもあわせて掲載しています。ぜひ、ご一読いただき、当社へのご理解を深めていただければ幸いです。
代表取締役社長・安本 賢よりご挨拶
高品質へのこだわり
にこやかな笑顔が印象的と言われますが、若い頃は苦労しました。安定した東京に本社のある中堅ゼネコンのキャリアを捨て飛び込むはめになった家業は、その当時、経営状態も悪く中核事業の立て直しが迫られていましたが、そうした中で私が選んだのは、高品質な住宅づくり。
価格は高くなるが、長く住む住宅に必要なことを住宅のプロとして提案しようと。これはもはや、高価格ではない。コストパフォーマンスに優れた家という意味では、“好価格”なのだと確信しました。
PROFILE
氏名 | 安本 賢 |
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会社名 | アールプラスハウス岩国・下松 |
出身地 | 山口県 |
出生年 | 昭和46年(1971) |
こだわり | 気付いたら“すぐする” |
趣味 | ゴルフ、ドライブ |
特技 | どこでも寝られること、声が大きいこと |
休日の過ごし方 | ショッピング |
座右の銘 | どんなことでも命がけでやれ |
好物 | チキンカツカレー |
尊敬する人物 | 稲盛和夫 |
HISTORY
幼少~学生時代 | 大工職人の祖父が安本建設を創業し、父は二代目社長でした。たぶん、周りから見たら「お坊ちゃま」という印象だったと思います。 実際、他の同級生と比べて良いものや皆が羨むようなものを持っていました。会社も当時は儲かっていたので、家は友人たちのたまり場のような感じで皆とゲームをするなどして遊んでいました。 |
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社会人時代 | 大学は土木工学を専攻し、卒業後は東京のゼネコンに勤めましたが、直属の上司によれば私の評価は土木部の新入社員36名中で最下位でした。 そんな私をみかねて、たまたま同郷だった上司が「それなら俺の現場で面倒を見てやる」と引き抜いてくれたのです。そこで働く中で、私の仕事ぶりを見た当時の現場所長が、私の前の上司に対して「安本のどこが悪いんだ」と庇ってくれた。 個人的な好みや印象ではなく、きちんと中身を見て評価してくれる上司がいてくれることの有り難みを感じました。 |
社長就任時 | 7年ほどゼネコンに勤め、家庭も持って順調に東京でのキャリアを積んでいた頃、突然、父から連絡があり、仕事を手伝えと言ってきました。 私が岩国を出る頃は景気も良く、会社も右肩上がりで成長していましたが、その後はバブル崩壊などの影響で仕事のボリュームが減り、父からの電話があった時には経営状況がかなり悪化していたんです。 東京か岩国かとても悩みましたが、やはり、家業をそのまま絶えさせるのは忍びないと岩国に戻ることを決めました。しかし、状況を好転させるのは予想以上に厳しく、困難でした。 そんな中で安本建設を立て直す大きな転機となったのは、現在の営業部長や工事部長をはじめとする方々との新たな出会いでした。彼らのおかげで事業の流れが好循環となり、今の安本建設の礎となったと思います。 |
COMPANY
社名 | 安本建設株式会社 |
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所在地 | 〒740-0012 山口県岩国市元町1丁目2-14 |
業種 | 建設業 |
設立 | 昭和61年(1986) |
資本金 | 3,650万円 |
従業員数 | 25名 |
事業内容 | 注文住宅、賃貸住宅、リフォーム、防音工事、公共工事、店舗 |
URL | http://www.yasumoto.co.jp/ |